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2026.07.01

お知らせ 平和部

■豊橋空襲追悼式『平和を誓う つどい』(平和委員会)

豊橋空襲追悼式『平和を誓う つどい』に参加しました

6月20日(土)18:30~『豊橋空襲犠牲者を追悼し平和を誓うつどい』が実施されました🙏

☂️雨の中での開催でしたが、約100名の方が参加しました(豊橋市湊町公園)🙏

本校からも生徒会役員と平和委員会の生徒が約10名&教師が3名参加✨

豊橋空襲で犠牲になった方々に対して追悼の意を捧げてきました🕊️ 

今回は、本校の生徒が発表した「平和の誓い」の全文を掲載します。

若い世代からの平和メッセージです🕊お時間ある時に、ご一読ください💻(平和委員会顧問:小林)

生徒会長からの「平和の誓い」※全文掲載

本日は、生徒会と平和委員で豊橋空襲 追悼集会に参加させていただいております。桜丘高校は、日本の教育機関で唯一、原爆の残り火を灯し続けている平和の塔があり、建立されて今年で37年になります。日々の学校生活・授業を通して、平和について学ぶ機会が多く、私たちは平和教育を大切に今ある日常の尊さを実感しています。

 本日はこの場をお借りして、私が豊橋空襲追悼の想いを持ったきっかけをお話させていただきます。私はおととしの秋、曾祖母から豊橋空襲・豊川海軍工廠空襲を体験したお話を聞きました。曾祖母は、戦争当時、桜丘高校の前身である豊橋桜ヶ丘高等女学校の生徒で、豊川海軍工廠へ勤労奉仕に行っていました。今の私たちが当たり前に過ごしている学校生活とは程遠く、過酷な環境の中で自由はなく、私たちが当たり前に受けられている授業も、自由に学べる勉強さえもできず学生らしい青春はなかったそうです。食べる物も自由に与えられず、いたるところで起きる空襲におびえながら過ごす日々だったといいます。81年前のこの日も、いつものように海軍工廠で働いていると、突然空襲警報が鳴り、同級生と共に外へ飛び出し、身を潜めました。しかしそれも限界が来て、いたるところで爆撃が落とされ、辺りが火の海に変わり履いていた下駄も擦り切れ足が血まみれになるなか必死に、必死に、敷地の中を逃げまわったのです。眩しい炎の光が眼に焼き付き、爆撃によって地面に穴ができるほどの悲惨な状況の中で、周りには一緒に勤労奉仕を行っていた自分の同級生や他の学校の女学生が死んでいたのです。これがたった数十分の間に起こったものでした。そして曾祖母は、「今でも戦争で亡くなった友達が笑顔で走っている姿を夢に見る。昨日まで楽しそうに話してた友達が一瞬にして失われた。」「亡くなった友達を考えるといつまでたっても泣けてくるね。可哀想って。残された私たちもつらいよ。」「1回戦争すると100年は消えんね。私たち(戦争体験者)が生きとる限り、爪痕は残ってるでね。だで、戦争っちゅうのはいかんよ。」と涙ながら、私に話してくれました。

 私はこの話を聞き、頭の中で曾祖母が体験した戦時中の様子を何度も何度も想像しました。今も私たちが知らない世界のどこかで罪なき尊い命が戦争によって、失われています。さらに、戦争のない世界だけが平和なのではなく、人と人の何気ない争い・人種や文化の違いによる偏見や差別などがない世界も、私たちが当たり前に過ごしている日常も平和と言えます。
 戦争を体験していない私たちはこうして戦争体験者のお話を聞き、戦争の恐ろしさ・私たちが目指す平和とはなにか考えていかなければいけません。81年の月日が過ぎても、こうして追悼の想いを込めた活動が行われ、私たち高校生が参加し、繋げられていることがすごく尊いことだと感じています。これからも私たち桜丘高校は、今ある日常に感謝し、平和の大切さを考え続け、これからも平和への想いを必ず繋ぎ続けていきます。

桜丘高校 生徒会会長/高橋 胡桃


平和委員長からの「平和の誓い」※全文掲載

 本日、私たち桜丘高校は豊橋空襲で亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、平和について改めて考えるため、この場に集まりました。81年前の豊橋では、多くの人のかけがえのない命と日常が、わずか一夜のうちに奪われました。家族と食卓を囲み、友人と笑い合い、学校や職場へ向かう。そのような当たり前の日常が、戦争によって一瞬にして失われたのです。

 私たちは今、戦後80年という節目を越え、戦後81年目を歩み始めています。桜丘高校では、授業や委員会活動を通して平和について深く学び、豊橋空襲や戦争の歴史に触れる中で、今ある日常が決して当たり前ではないことを学んできました。

 また昨年私は、戦後80年という節目に改めて平和の大切さを伝えたいという思いから、25日間をかけて全国17ヶ所に灯されている平和の火を巡る「18・LINE」の活動に参加しました。各地を訪れる中で、平和の火を守り続けるための課題や、平和を願い、その思いを未来へつなごうとする数え切れない人々の思いに触れました。そして、その経験を通して、平和は決して当たり前のものではなく、多くの人々の願いによって支えられていることを強く実感しました。

 また、戦争は多くの命を奪うだけでなく、人と人とのつながりや夢、希望までも失わせてしまいます。だからこそ私たちは、過去に起きた出来事を知り、その教訓を未来へ伝えていかなければなりません。私たちは戦争を体験していません。しかし、だからこそ、戦争を体験された方々の思いを受け継ぎ、自分たちの言葉で次の世代へ伝えていく責任があります。その思いを風化させることなく語り継ぐことが、今を生きる私たちにできる大切な役割だと思います。平和について考えること。歴史を学ぶこと。相手を思いやること。その一つひとつの行動が、平和な未来につながっていくと私たちは信じています。身近な人を大切にし、お互いの違いを認め合うことも、平和な社会を築くための大切な一歩だと思います。そして、戦後90年を迎えるとき、私たちは今のような平和をただ受け取るだけの存在ではなく、次の世代へ平和をつないでいく存在でありたいと思います。家族や友人と笑い合い、安心して毎日を過ごせる日常。その尊さを決して忘れず、豊橋から、そして桜丘高校から、平和への思いを発信し続けることをここに誓います。

平和委員長/増田 壮汰

 

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