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弁論大会『私になりたい』

音楽科
先日開催された弁論大会に音楽科より、3年生の久米優香さんが出場しました。
優香さんは大変おだやかで、人を温かく包み込む優しさにあふれた音楽科リーダー。
勇気をもって臨んだ弁論大会。自分の悩み、心の叫びを包み隠さずオープンに話しました。優しさの中に、意志の強さを感じる弁論の内容をここにご紹介
致します。

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『私になりたい』三年 久米優香

あなたの長所と短所を教えて下さい。
私の長所はみんなに平等、そしてポジティブ。短所は些細なことを気にする。自分を客観的に見ることは難しい。でも考え込む必要は無い。分からないのなら身近な人に聞けばいい。
私の長所を友達に尋ねるとほとんどの人が「優しい」と言う。長所を聞いているから当然褒め言葉が返ってくる。しかし、「この人は気を使って優しいと言っただけかも」とマイナスなイメージを受けることもできる。でも人に意見を聞いたことで長所を知ることができた。だからこれをきっかけにこれからもみんなに優しくし続けようと思える。しかし別の人に同じことを尋ねると「優しくない」と否定されるかもしれない。私はいつも冷たいんだと悪い部分として感じることができる。
否定の言葉を気にしたら負け。何かの中毒になったようにその言葉に洗脳される。今年の五月、桜丘に向けて悪口や誹謗中傷が浴びせられた。表現の自由があるからどんな発言をしても許されてしまう。心の中だけで言うならまだしも、言葉にしてまで人を貶す必要はあるのか。
自分の理想と現実がかけ離れていて満足できていない人。こんな人は誰かの弱点を探し求める。そして人の弱点が見つかると、私の方がこの人より上だから別にいい、と安心する。だからといってプライドが高すぎるのも良くない。プライドが高い人は自分の弱点を認めない。それを指摘すると否定する。弱い部分を認めることは正直恥ずかしくて悔しい。しかしそれを素直に認めなければ新しい自分に変われない。弱点を認めて一皮剥けると今よりも視野が広がる。自分を変えるタイミングはみんな違う。今悩みを抱えている人がいたら真剣に自分と向き合ってみてほしい。
悪口のような腐った意見はもしかしたら正論なのかもしれない。でもそれをどう捉えるかは人それぞれ。私だって嫌な感情を吐き出したくなる時がある。だからといってすぐに言葉にせず一度冷静になる。そうすると客観的に判断でき別の捉え方が浮かぶ。自分の意志を持ち、人に流されない力が必要。周りと意見が違ってもいい。私は世界に一人しかいない、だから自分自身を大切にするべき。

自己肯定感が低くなり闇の底まで考え込んでしまう時がある。それは物事が思い通りに行かず不安な時。私がこの気分になると自分自身を攻め込んでしまう。自分に自信がないから、小さなことも気にしすぎて周りの目線が怖くなる。全て思い通りになればストレスなんてないだろう。楽をして自由に生きたい。時間や人間に縛られたくない。でもそんな風に生きている人は一人もいない。誰もが人生で悩みに満ち溢れる時期が来るだろう。
私は音楽科のリーダーを務めている。常に仲間の雰囲気を見てこの集団をまとめ上げなくてはならない。一月の卒業演奏会を終えた次の日から私たちが音楽科を引っ張ることになった。当時の一、二年は8人だけ。この新体制になった合唱の授業で私たちの空気が一変した。合唱は唯一の三学年合同で受ける授業。演奏会に向け、時間をかけて歌を作り上げる。しかし、それまでは「先輩がいるから」と思い、手を抜いて練習してしまうときがあった。自分の声に責任を感じていなかった。私たちは先輩に甘えすぎていた。
私がリーダーだからこの状態を変えなくてはいけない。こんな少人数で今まで通り続けていけるのか。本当に私がリーダーを務めていてもいいのか。答えは誰にも分からない。だからもっと不安な感情に押しつぶされた。
でも、こう感じたのは私だけではない。一人一人が「このままではまずい」と気づき、責任を感じ始めた。授業だけではなく自分たちだけで合唱練習を行った。後輩は何か意見があると堂々と発言をした。私が困っている時、すぐに仲間が助けてくれた。リーダーというのはただの肩書き。一人で頑張るのではなく協調性の大切さを知った。
悩みがあるのはそれに対して真剣に取り組んでいる証拠。それだけ頑張っているのなら「私は毎日頑張ってる、偉いじゃん!」と自分を褒めればいい。そうすると力が抜けて前を向くことができるはず。

自分を否定されると心が傷つく。今もこうやって大勢の前で主張をすることは凄く怖い。全ての人が私を認めることは絶対にありえない。それでも、人の意見に囚われず自分がやりたいことをする。誰に何と言われても私は私。
(文責:野畑さおり)