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1学期終業式を無事に終えることができました

高等学校
 8月7日(金)、終業式を行いました。5月25日(月)から2週間の分散登校を経て、6月8日(月)からやっと日常がスタートした1学期でした。片時も「コロナ」が頭から離れない、どこかいつも緊張している日々でしたが、学校に生徒たちの姿があり、やれる範囲で学校生活を送ることができたことは、本当にうれしくありがたいことでした。今日は放送による終業式でしたが、校長先生からの式辞を生徒たちは耳と心でしっかり聴いていました。
【校長式辞より】
「3カ月の休校、6月からの再開、そして今日、1学期が終わります。長かったような、あっと言う間のような、不思議な感じです。今、誰も予想しなかったことが世界で起きています。覚悟していた第2波がこんなに早いことさえ予想できませんでした。
今まで人類が歩んで来たように、この状況に適応していくしかありません。社会はそうやって受け継がれてきたのですから。
さて、こんな状況ですが、再開以降、心に染みる出来事がいくつもありました。
紹介します。
先日こんなメールが学校に届きました。
『うちには小学校に通う、5年と3年の娘がいます。今日、3年の娘が下校途中に姉にちょっかいを掛けられ、泣いてしまいました。つられて一緒にいた友達も泣いてしまいました。そこにお姉さんが通りがかり,話を聞いてくれ、さらに自宅まで送り届けてくださいました。帰宅した際、娘に「ママ、お外にお姉さんがいるから会って」と言われ、外に出ると、桜丘高校の制服を着た可愛らしいお姉さんがいました。お姉さんは「放っておけなくて」と言い、用事があり急いでいた私は「ありがとうございました」としか言えませんでした。それが悔やまれてメールをしました。こんなご時世で、こんなにも優しい高校生がいることをとてもうれしく思いました。』

中日新聞の「読者の声」の欄に、こんな記事が載りました。
『6歳の息子が大好きな名鉄電車に乗っていた時、息子は「探検」と称して電車の最後尾に行きました。国府駅に停車中のことです。ところが発車のアナウンスが流れても戻らないのでもしやと思い、私はホームに飛び降りました。ところが、息子は走り出した電車の中にいました。しばらくすると、真っ青になっていた私の携帯に、息子から「国府駅で待ってて」と電話がありました。同乗していた桜丘高校の男子学生さんが携帯電話を貸してくれたようで、その学生に付き添われて息子は無事戻ってきました。学生さんはわざわざ戻ってくれたのです。優しい学生さんに感謝です。』

もうひとつ、学校再開後すぐのことです。〇〇中学の校長先生から電話をいただきました。
『〇〇中学の1年生が下条付近で自転車のチェーンに紐が挟まり、5人の中学生が悪戦苦闘していました。そこに通りかかったのが桜丘高校の男子学生。自転車を降り、手際よく自転車を直して颯爽と立ち去っていきました。中学生たちはすぐにそのことを担任に告げ、校長先生からの電話となったのです。その中学生は「どれだけ感謝してもしきれません」と言っていたそうです。』

わざわざメールをくれた、新聞に投稿した、電話をくれた。おそらく、世の中がこんな状況だから、3人の生徒の優しさが、関わった人たちの心に浸みたのだと思います。
この間、SNSでの誹謗中傷を受け、また、お金を巡り周囲の人たちの醜さに失望し、自ら命を絶った芸能人さえいます。裏を返せば、「人と人との関わり」は人間を幸せにもできるし、絶望の淵に陥れることもできる、そんな力を持つということです。
「人と人との関わり」。
その大切さを痛切に感じさせる「詩」を紹介します。この作者は20代半ばと思われます。余りにもリアルな社会の現実を綴ったショッキングな詩ですが、原文のまま紹介します。

「お金」
僕はお金が全てだと思っている
父は借金を苦に自ら命を絶った
母が笑顔じゃないのも 泣いているのも 怒っているのも
お金が無いせいだ

お金があれば 笑っていられる お腹いっぱいになれる 
人並みの生活ができる 母が笑っていてくれる …幸せになれる 
そう信じていた そう信じてここまで生きてきた
中学生の間は 幼い兄弟のため 母のため 昼夜を問わず働き続けた
初めて給料を持って帰ると 母に「少ない」と言われ
そのお金で母は男と出掛け 一週間帰ってこなかった
その時は もっと稼がなければと思っていた 必死だった
母に笑っていてほしかった

その後 僕は3人の子供を持つ人と一緒に暮らし始めた
昔の生活が嫌で 怖くて 戻りたくなくて
お金になることは何でもした
お金があれば幸せだと思っていた
贅沢の限りを尽くした 昔の傷を癒すかのように…
お金があれば幸せだと思っていた

そして 僕は逮捕された 長い懲役に行くことになって
初めての家族は 何も言わずに僕の前から消えた
そして 母は何も言わず 自ら命を絶った 多額の借金だけを残して

お金はそれなりに残っている   でも… 僕のほしいものは何もない
笑っていてほしかった人 初めての家族 居場所  なんにもない
もう どうすればいいのかわからない 
ただ 幸せになりたかっただけなのに
「お金が全てではない」という人もいる  僕は認めない
でなければ 僕は何を信じて生きてきた?

でも 全てを失った僕に お金はとてつもなく嫌なものに見えて仕方ない

この詩に綴られたのは極限の現実なのかもしれません。しかし、極限だからこそわかることがあります。今、日本の社会も極限状態となりつつあります。コロナの恐怖と隣り合わせに生きる恐怖が人々を追い込んでいます。そんな今だからこそ、私たち自身が問われていることがあると思います。
「私たちは何を大切にして生きるのか?」 「生き伸びることを大切にするのか?」
「お金を大切にするのか?」 それとも、「他の何か?」なのか?

もちろん、何かを捨てよと言っているのではありません。一番の価値を「何に置く」かが一人ひとりに問われているのだと思います。先ほどの詩はそのことを自分に向って痛切に問うている詩なのです。同じ問いが今、私たち自身にも投げかけられています。
明日から、二週間という短い夏休みです。こんな時だからこそ、誰かの言うことを鵜呑みにするのではなく、自分で考えるべきです。「社会の状況をしっかりと知ること」、そして「そこから見える疑問を自分自身に問いかけてみること」です。
今は、「命を守ること」と「その命を輝かせること」の両立が困難な時です。しかし、困難だから「あきらめる」「逃げる」でなく、まずその困難と「向き合う」「真剣に考える」そして、「行動する」ことです。結果が出なくてもその努力は必ず皆さんの成長に繋がります。
東日本大震災を経験して、大きく成長した若者が3人いると言われています。
羽生結弦、大谷翔平、八村塁の3人です。3人は当時のことを深く語ることはありませんが、ターニングポイントだったことは明言しています。極限状態だからこそ、そこから学ぶものは深く、成長は飛躍的なのです。
皆さんも、今だからこそ感じえるものを感じ、今だからこそ掴み取ることができるものを掴んでください。
この2週間の夏休みを有意義なものにしてください。そして、8月21日始業式の日に、また笑顔で会いましょう。
以上を1学期終業式式辞とします。」
校長先生、心に響く式辞をありがとうございました。        (文責:竹内貴)